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 蒸し暑いというほどではないにせよ、過ごし易いとは云い難い気だるい夏の夜。
 アイスクリーム(いや、正確にはラクトアイスだが)を買って戻ってきてみれば、バスルームの方からはまだ優希の鼻歌が聞こえていた。
 すぐ傍にあるコンビニで買ってきたものだから、時間的には十分と掛かってはいないが、彼女はまだ、風呂に入っているままのようだった。

 バスルームに向い、磨りガラス越しのシルエットにドギマギしつつも、湯気に煙るドアをノックする。

「あいー? お兄ちゃん?」

「うん、ただいま。アイス買ってきたから」

「おかーりー。二つ買ってきてくれたー?」

「二つ買ってきたよ、お姫様」

 もやもやとしたガラスのドアの向こうのシルエットが、大きく動き、きゃほーと嬌声が響き渡る。
 多分、両手を上げて喜んでいるのだろう。
 僕は、至極理解し易い彼女の言動に内心で笑みを浮かべた。

「ところで優希ちゃん。シャワーの音しないけど、ちゃんと身体洗ってる? 暖めた?」

「洗ったよぅ。シャワー使ってたんだけど、お湯もったいないから、ためてチャプチャプしてるのー」

 打たせ湯を溜めて浸かっても、そう暖かくないと思うんだが。
 っていうか、見た目はお嬢様でも中身が庶民臭いというか貧乏臭いのは、やっぱり僕の両親の血を引いてるなあと、ヒシヒシとつまらない事実を感じ取ってしまう。

「お湯勿体無くてもいいから、シャワー使って、ちゃんと温まってから出なさいね。風邪引いちゃうよ」

「あい」

 コクっと頷く音が聞こえるかの如く、“あ”と“い”で違う残響音が響く。
 ともあれ、返事だけは何時も良い彼女に苦笑しつつ、僕はバスルームを後にする。

 そういえば結局、醤油を買ってくるのを忘れていたな、と端と気付く。

「まあいいか。明日買ってくれば」

 瞬間、何のために外出したんだろう、と自問自答してしまったが、どうせ明日になれば、またイヤでも彼女に付き合って外に連れ出される。そのついでに買い物に出掛ける方が、今日みたいな妙な自体になるくらいならずっとマシだ。
 そう考え、僕はキッチンへと足を運ぶ。
 冷蔵庫で冷やしている麦茶をコップに汲み、リビングへ向かう。
 ソファの上でごろりと横になり、適当にテレビをつける。リモコンを片手にチャンネルを変えてみても、興味をそそられる番組の一つもありはしない。
 元々、テレビ番組にはそう興味が無かったという事もあるが、長年の山奥暮らしの中、自室にテレビを置いていなかったせいか、テレビを見ながらくつろぐという行為そのものに余り興味がない。
 仕方なく適当なニュースチャンネルに合わせ、日々の雑事をぼうと眺める。
 ぼうっとしながらも、何かやる事はないだろうか、と考えてみたが、考えれば考えるほど、骨休みで此処に戻ってきたんだという事実に気付き、がっくりと頭を垂れる。

「……何で疲れてるんだろう、僕」

 思わず、愚痴を溢してしまう。

「ふぇ。何がつかれたのー?」

「うわっ」

「わわっ」

「吃驚した」

「ビックリしたよー」

「……真似しないの」

 何時の間にか風呂から上がっていた優希ちゃんが、僕の顔を覗き込んでいた。それに気付かず、愚痴を溢してしまっていたようだ。

「マネしてないものー。で、どーしたの? つかれたの? どこかいたいの?」

「何でもないよ」

「うーそだー」

 彼女の身体からホカホカとたゆとう白い蒸気が、むくりと動いた。
 突然、ソファに寝転んでいた僕の身体の上に彼女が覆い被さり、その顔が近付く。

「ゆ、優希ちゃん?」

「やん。動いちゃダメだよぅ。じっとしてて」

 ピトっと額と額がくっつく。ドギマギしている僕を他所に、彼女は眉を顰め、目を細め、唇を結び、うーんと唸る。

「……えーっと、何してるの、かな?」

「お熱をはかってるのーだ」

「ああ、そう」

 変な事を考えてしまっていた僕は心の中でがっくりと膝を落としつつ、ほっと胸を撫で下ろす。

「ちょっと熱いですねえ」

「それは、僕のおデコが熱いんじゃなくて、優希ちゃんが風呂上りで暖かいんだよ」

「ふにゃ。そっか。じゃあ、だいじょーぶです。へーきです。あい」

 彼女はニコニコと微笑み、シュタっと右腕を大きくあげる。
 よくよくみれば、彼女は身体のサイズよりも幾分大きなシュミーズ一枚しか身につけていない。そのせいか、大きくあげた脇の下から、チラリと薄いピンクの乳首が見えた。
 腹筋の上に圧し掛かる柔らかく暖かい感触と、視線を覆う風呂上りで上気した頬と、それを見た瞬間、僕の心臓はドクリと大きく跳ね――

「あ」

「ふえ? ……はゃ」

 ――勃起してしまった。

「や、あの……その……パジャマ、着て来なさい、ね」

「……は、はーい」

 ビックリするくらい素直に彼女は、楚々としてリビングを後にした。
 治まりのつかないそれを抱えたまま僕は、とぼとぼとバスルームに向かう。
 何時も姦しい彼女が大人しく従ったという事は、つまり、その――

「――バレたよなあ」

 とにかくモノを静めようと冷水を頭から浴びる。季節柄、幾ら浴びても身体が冷える事もなく、いきり立ったモノが静まる事もない。
 会わせる顔がないとは、まさにこの事だ。

「とほほ。どうしようかなあ」

 学生寮に戻るか? 実際、寮は年始年末以外は何時でも寮関係者が在留しており、今戻っても問題はない。
 でも、出来る筈もなかった。
 両親はあの体たらくだから、おそらく夏休みが終わる直前までは帰宅するまい。そもそも、あの二人が何処に出掛けたのかすら知らないのだから、連絡のしようもない。
 優希ちゃんを一人置いて、寮に戻れる筈などなかった。

 いい加減、冷水に打たれても気も身体も静まらないので、残り湯にブクブクと身を沈める。途端、ついさっきまで彼女が入っていた湯だと気付き、ますます気も身体も昂ぶってしまう。

 ええい。恋する小学生か、僕は。

「お兄ちゃぁん……」

 ふと、湯煙の向こうから甘い声が聞こえた。
 努めて冷静なフリをして、僕はどうしたのと優しく声を掛ける。

「アイス、食べていい?」

「いいよ。好きなの食べなさい。でも、一つだけだよ」

「はーい」

 肩の荷が下りたような気分になり、湯船に身を沈める。
 子供相手に心配し過ぎたという事だろうか。ほっとしたような、それでいて残念だと思う自分にまた、辟易とする。
 実際、良く我慢しているものだと我ながら思う。矢張り、どんなに好みであっても自分と血の繋がった実の妹だという認識が、僕にとって最後の防波堤になっているのだろう。
 それに、彼女が僕の中で高い理想としてある限り、他の少女に目が向く事もない。そうした事実は有り難いモノだった。
 ただ――

「――生殺しには違いないんだよなあ」

 ただ、あの笑顔を傷付けたくないと思うのも、また事実だ。
 あの笑顔を傷付けてまで満たしていい快楽なんて、ないと断言出来る。
 もしそんな事があれば、僕は、多分――



 風呂から上がると、彼女はソファの上でのんきな表情を浮かべてテレビを見ながら、のろりのろりとアイスを食べていた。
 何だか、うじうじと馬鹿な事を考えていた自分が本当に馬鹿みたいで、呆れたように自嘲じみた嘆息をつくと、彼女はちらりと視線をこちらに寄越した。

「美味しい?」

「うん。おいしーよ。お兄ちゃんは食べないの?」

「僕は、また明日にするよ」

 ははは、と笑い、部屋を後にする。

「テレビは程々にして、ちゃんと寝なさいね」

「あーい」

 ソファの上で両足を揺らしてパタパタと音を立てながら、ニコリと微笑む。
 本当に、返事だけは何時もいい。

 何処かホッとしたような、何処か不安を抱えたままのような、頭の中で断定しきれない昏い妄想を抱えたまま、気だるい夏の夜は過ぎていった。
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